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 地平線を見据えて ともにコロナを乗り越える

 

始まりは小さなニュース、去年の今頃…。
「中国・武漢 原因不明の肺炎」目立つ扱いではなく、多くの人々は見落としていました。それが、驚くほどの速さで世界へ拡大。全てがコロナに押し流された1年になっていました。
常長まつりやレイクサイドマラソン大会、そして青根温泉感謝祭も中止。感染者、死者も日増しに増加。医療現場は逼迫し、飲食業、観光業、接待業、どんな業界、どんな立場の人であっても、もれなく心身共に疲弊しています。
川崎町は、この1年、コロナに対応すべく、3億9,300万円で46の政策を実施してきましたが、これまで通りに商売が続けられるのか、収入がどのように減るのか、多くの町民の皆さんが、見通しが立たず不安に駆られていることも痛感しております。

一方、この国の借金財政は、もとより世界最悪の水準でした。この1年の巨額の経済対策でそれがさらに悪化するのは誰の目にも明らかです。そのような中、全国1,718の市町村のうち、9割近くが今後の財政悪化を見込んでいます。感染防止対策や冷え込んだ地域経済の活性化を進めるための財政負担に加え、住民の方々から税金をいただくことができるだろうか、という懸念があるからです。
また、公立病院の経営悪化も市町村の財政を圧迫しています。一昨年の9月、厚労省は全国1,455の公的病院のうち、424の病院に再編・統合の議論が必要と公表。幸い、川崎病院はリストに載りませんでしたが、宮城県内でも蔵王町や丸森町など19の病院名が…。そこに今回のコロナ。多くの人々が病院内で感染することを恐れて受診を控えることに。コロナは全ての病院の経営に悪影響を及ぼしていることは言うまでもありません。

 

 「大事なのは感染防止」と「収入が途絶えれば生きていけない」命と暮らし。私たちは、大切なものを天秤にかけるような問題を突き付けられています。私も1カ月前、公務で飛び回っている中で、濃厚接触者となり、町民の皆様にご心配をおかけいたしましたこと、心よりお詫び申し上げるとともに、人と人とを引き離し、人を分断させるコロナの恐ろしさに身もだえしたところです。

 

 これまで、多くの先輩たちが、町づくりの先頭に立ちました。繁栄の時があれば、暗雲の立ち込める時も…。しかし、どのような時も、この町が持ちこたえられたのは、指導者の見識や力量だけで
なく、人々の努力と忍耐があったからなのです。
先人たちは、子供たちのため、家族のため、苦難をしのいでは立ち上がり、気力を振り絞っては、地平線を見据えました。
彼らの価値観は、正直、勤勉、勇気。そして、寛容の中にありました。それは、これからも変わるものではないでしょう。このコロナの中にあっても…。
いつの時代も試練があります。だからこそ、私たちは皆様から与えられた信頼に感謝し、目の前にある課題に対応してまいります。限りのある財源と許された職員の力をもって、町民の皆様とともに
協力し合ってコロナ禍を乗り越えていけると確信しております。

 

 

町長プロフィール

 

氏名

小山 修作(おやま しゅうさく)

生年月日

昭和32年8月14日

就任日

一期 平成23年8月28日(54歳)
二期 平成27年8月28日(58歳)
三期 令和 元年8月28日(62歳)

出身地

宮城県川崎町

趣味

映画鑑賞 読書 博物館めぐり

好きな言葉

地道な行動が最大の自己アピールになる

学歴

川崎町立本砂金小学校卒業
秋保町立秋保中学校 卒業(現 仙台市立)
国立宮城高専 中退(名取市)
宮城県農業高等学校秋保分校 卒業
東北学院大学 経済学部(夜間) 卒業

経歴

川崎町青年団 団長
川崎中学校PTA会長
川崎町議会議員(2期)

青年団時代は演劇の脚本(青春のきら星たち)など青春3部作を書きあげ、上演また、さだまさしコンサートで川崎中学校の体育館に1,200人を動員
すべてはすばらしい仲間のおかげ

 



 

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